影響であろうか、スティヴンスンの創作は何時でも一つ一つの情景の想起から始まる。初め、一つの情景が浮かび、その雰囲気にふさわしい事件や性格が、次に浮かび上って来る。次々に何十という紙芝居の舞台面が、其等を繋《つな》ぐ物語を伴って頭の中に現れ、目前にありあり[#「ありあり」に傍点]と見える其等の一つ一つを順々に描写し続けることによって、彼の物語は誠に楽しく出来上るのだ。薄っぺらで、無性格なR・L・S・の通俗小説と批評家のいう所のものが。他の制作方法――例えば、一つの哲学的観念を例証せんとの目的の下に全体の構想を立てるとか、一つの性格の説明の為に、事件を作上げるとか、――は、彼には全然考えることも出来なかった。
スティヴンスンにとって、路傍に見る一つの情景は、未だ何人によっても記録されざる一つの物語を語る如くに思われた。一つの顔、一つの素振も、同様に、知られざる物語の発端と見えた。真夏の夜の夢の文句ではないが、其等、名と所とを有たぬものに、明確な表現を与えるのが詩人――作家だとすれば、スティヴンスンは確かに生れながらの物語作家に違いない。一つの風景を見て、それにふさわしい事件を頭の中に組立
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