にすら彼は自ら、R・L・S・式をものを見出して、些《いささ》かの満足(?)を覚えていたのである。之が、顔の醜くむくんで来る腎臓炎《じんぞうえん》だったら、どんなに彼は厭《いや》がったことであろう。)
 斯《か》くて、若くして自分の寿命の短かいであろうことを覚悟させられた時、当然、一つの安易な将来の途《みち》が思浮かべられた。ディレッタントとして生きること。骨身を削る制作から退いて、何か楽な生業に就き、(彼の父は相当に富裕だったのだから)知能や教養は凡《すべ》て鑑賞と享受とに用いること。何と美しく楽しい生き方であろう! 事実、彼は鑑賞家としても第二流には堕《お》ちない自信があった。しかし、結局、或るのっぴきならぬものが、彼を其の楽しい途から、さらって行って了った。正《まさ》しく、彼でない或るものが。そのものが彼に宿る時、彼は、ブランコで大きく揺上げられる子供の様に、恍惚《こうこつ》として其の勢に身を任せるほかはない。彼は、満身に電気を孕《はら》んだような状態になり、唯、書きに書いた。それが生命をすり減らすであろうとの懸念は、何処かへ置忘れられた。養生したとて、どれ程長く生きられようぞ。た
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