厚い毛皮の陰に北風を避け、獸糞や枯木を燃した石の爐の傍で馬乳酒を啜りながら、彼等は冬を越す。岸の蘆が芽ぐみ始めると、彼等は再び外へ出て働き出した。
 シャクも野に出たが、何か眼の光も鈍く、呆《ぼ》けたやうに見える。人々は、彼が最早物語をしなくなつたのに氣が付いた。強ひて話を求めても、以前したことのある話の蒸し返ししか出來ない。いや、それさへ滿足には話せない。言葉つきもすつかり生彩を失つて了つた。人々は言つた。シャクの憑きものが落ちたと。多くの物語をシャクに語らせた憑きものが、最早、明らかに落ちたのである。
 憑きものは落ちたが、以前の勤勉の習慣は戻つて來なかつた。働きもせず、さりとて、物語をするでもなく、シャクは毎日ぼんやり湖を眺めて暮らした。其の樣子を見る度に、以前の物語の聽手達は、この莫迦面の怠け者に、貴い自分達の冬籠りの食物を頒けてやつたことを腹立たしく思出した。シャクに含む所のある長老達は北叟笑《ほくそゑ》んだ。部落にとつて有害無用と一同から認められた者は、協議の上で之を處分することが出來るのである。
 硬玉の頸飾を著《つ》けた鬚深い有力者達が、より/\相談をした。身内《み
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