美しい娘を張合つて慘めに敗れた老人の話をした時、聽衆がドツと笑つた。餘り笑ふので其の譯を訊《たづ》ねると、シャクの排斥を發議した例の長老が最近それと同じ樣な慘めな經驗をしたといふ評判だからだ、と言つた。
 長老は愈々腹を立てた。白蛇のやうな奸智を絞つて、彼は計をめぐらした。最近に妻を寢取られた一人の男が此の企に加はつた。シャクが自分にあてこする樣な話をしたと信じたからである。二人は百方手を盡くして、シャクが常に部落民としての義務を怠つてゐることに、みんなの注意を向けようとした。シャクは釣をしない。シャクは馬の世話をしない。シャクは森の木を伐らない。獺《かはうそ》の皮を剥がない。ずつと以前、北の山々から鋭い風が鵝毛の樣な雪片を運んで來て以來、誰か、シャクが村の仕事をするのを見た者があるか?
 人々は、成程さうだと思つた。實際、シャクは何もしなかつたから。冬籠りに必要な品々を頒《わ》け合ふ時になつて、人々は特に、はつきりと、それを感じた。最も熱心なシャクの聞き手までが。それでも、人々はシャクの話の面白さに惹かれてゐたので、働かないシャクにも不承無承《ふしやうぶしやう》冬の食物を頒け與へた。
前へ 次へ
全11ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング