半圓にとり圍んで座りながら、彼の話を樂しんだ。北方の山地に住む三十人の剽盗の話や、森の夜の怪物の話や、草原の若い牡牛の話などを。
 若い者達がシャクの話に聞き惚れて仕事を怠るのを見て、部落の長老連が苦《にが》い顏をした。彼等の一人が言つた。シャクのやうな男が出たのは不吉の兆である。もし憑きものだとすれば、斯んな奇妙な憑きものは前代未聞だし、もし憑きものでないとすれば、斯んな途方もない出鱈目を次から次へと思ひつく氣違ひは未だ曾て見たことがない。いづれにしても、こんな奴が飛出したことは、何か自然に悖《もと》る不吉なことだと。此の長老が偶々、家の印として豹の爪を有《も》つ・最も有力な家柄の者だつたので、この老人の説は全長老の支持する所となつた。彼等は祕かにシャクの排斥を企《たくら》んだ。
 シャクの物語は、周圍の人間社會に材料を採ることが次第に多くなつた。何時迄も鷹や牡牛の話では聽衆が満足しなくなつて來たからである。シャクは、美しく若い男女の物語や、吝嗇で嫉妬深い老婆の話や、他人には威張つてゐても老妻にだけは頭の上がらぬ酋長の話をするやうになつた。脱毛期の禿鷹の樣な頭をしてゐるくせに若い者と
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