巧みになる。想像による情景描冩は益々生彩を加へて來る。自分でも意外な位、色々な場面が鮮かに且つ微細に、想像の中に浮び上つて來るのである。彼は驚きながら、やはり之は何か或る憑《つ》きものが自分に憑《つ》いてゐるのだと思はない譯に行かない。但し、斯うして次から次へと故知らず生《う》み出されて來る言葉共を後々《のちのち》迄も傳へるべき文字といふ道具があつてもいい筈だといふことに、彼は未だ思ひ到らない。今、自分の演じてゐる役割が、後世どんな名前で呼ばれるかといふことも、勿論知る筈がない。
 シャクの物語がどうやら彼の作爲らしいと思はれ出してからも、聽衆は決して減らなかつた。却つて彼に向つて次々に新しい話を作ることを求めた。それがシャクの作り話だとしても、生來凡庸なあのシャクに、あんな素晴らしい話を作らせるものは確かに憑きものに違ひないと、彼等も亦作者自身と同樣の考へ方をした。憑きもののしてゐない彼等には、實際に見もしない事柄に就いて、あんなに詳しく述べることなど、思ひも寄らぬからである。湖畔の岩陰や、近くの森の樅の木の下や、或ひは、山羊の皮をぶら下げたシャクの家の戸口の所などで、彼等はシャクを
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