シャクが考へてしやべつてゐるのではないかと。
 成程、さう言へば、普通憑きもののした人間は、もつと恍惚とした忘我の状態でしやべるものである。シャクの態度には餘り狂氣じみた所がないし、其の話は條理が立ち過ぎてゐる。少し變《へん》だぞ、といふ者がふえて來た。
 シャク自身にしても、自分の近頃してゐる事柄の意味を知つてはゐない。勿論、普通の所謂|憑《つ》きものと違ふらしいことは、シャクも氣がついてゐる。しかし、何故自分は斯んな奇妙な仕草を幾月にも亙つて續けて、猶、倦まないのか、自分でも解らぬ故、やはり之は一種の憑きものの所爲と考へていいのではないかと思つてゐる。初めは確かに、弟の死を悲しみ、其の首や手の行方を憤ろしく思ひ畫いてゐる中に、つい、妙なことを口走つて了つたのだ。之は彼の作爲でないと言へる。しかし、之が元來空想的な傾向を有《も》つシャクに、自己の想像を以て自分以外のものに乘り移ることの面白さを教へた。次第に聽衆が増し、彼等の表情が、自分の物語の一弛一張につれて、或ひは安堵の・或ひは恐怖の・僞ならぬ色を浮べるのを見るにつけ、此の面白さは抑へ切れぬものとなつた。空想物語の構成は日を逐うて
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