うち》の無いシャクの爲に辯じようとする者は一人も無い。
 丁度雷雨季がやつて來た。彼等は雷鳴を最も忌み恐れる。それは、天なる一眼の巨人の怒れる呪ひの聲である。一度此の聲が轟くと、彼等は一切の仕事を止めて謹愼し、惡しき氣を祓わねばならぬ。奸譎な老人は、占卜者を牛角杯二箇で以て買收し、不吉なシャクの存在と、最近の頻繁な雷鳴とを結び付けることに成功した。人々は次の樣に決めた。某日《ぼうじつ》、太陽が湖心の眞上を過ぎてから西岸の山毛欅《ぶな》の大樹の梢にかかる迄の間に、三度以上雷鳴が轟いたなら、シャクは、翌日、祖先傳來のしきたり[#「しきたり」に傍点]に從つて處分されるであらう。
 其の日の午後、或者は四度雷鳴を聞いた。或者は五度聞いたと言つた。
 次の日の夕方、湖畔の焚火を圍んで盛んな饗宴が開かれた。大鍋の中では、羊や馬の肉に交つて、哀れなシャクの肉もふつ/\[#「ふつ/\」に傍点]煮えてゐた。食物の餘り豐かでない此の地方の住民にとつて、病氣で斃れた者の外、凡ての新しい屍體は當然食用に供せられるのである。シャクの最も熱心な聽手だつた縮れつ毛の青年が、焚火に顏を火照らせながらシャクの肩の肉を頬
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