辱しめを受けて打捨てられてゐた。顏が無いので、服装と持物とによつて見分ける外はないのだが、革帶の目印と鉞《まさかり》の飾とによつて紛《まぎ》れもない弟の屍體をたづね出した時、シャクは暫く茫《ぼう》つとしたまま其の慘めな姿を眺めてゐた。其の樣子が、どうも、弟の死を悼んでゐるのとは何處か違ふやうに見えた、と、後《あと》でさう言つてゐた者がある。
 その後間もなくシャクは妙な譫言《うはごと》をいふやうになつた。何が此の男にのり移つて奇怪な言葉を吐かせるのか、初め近處の人々には判らなかつた。言葉つきから判斷すれば、それは生きながら皮を剥がれた野獸の靈ででもあるやうに思はれる。一同が考へた末、それは、蠻人に斬取られた彼の弟デックの右手がしやべつてゐるのに違ひないといふ結論に達した。四五日すると、シャクは又別の靈の言葉を語り出した。今度は、それが何の靈であるか、直ぐに判つた。武運拙く戰場に斃れた顛末から、死後、虚空の大靈に頸筋を掴まれ無限の闇黒の彼方へ投げやられる次第を哀しげに語るのは、明らかに弟デック其の人と、誰もが合點した。シャクが弟の屍體の傍に茫然と立つてゐた時、祕かにデックの魂が兄の中に忍
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