今までの習慣でこの男の手を経ないでは誰一人呼べないことになっている。その夜病大夫は殺した孟丙のことを思って口惜し泣きに泣いた。
次の日から残酷な所作が始まる。病人が人に接するのを嫌うからとて、食事は膳部《ぜんぶ》の者が次室まで運んで置き、それを豎牛が病人の枕頭に持って来るのが慣わしであったのを、今やこの侍者が病人に食を進めなくなったのである。差出される食事はことごとく自分が喰ってしまい、から[#「から」に傍点]だけをまた出して置く。膳部の者は叔孫が喰べたことと思っている。病人が餓を訴えても、牛男は黙って冷笑するばかり。返辞さえもはやしなくなった。誰に助を求めようにも、叔孫には絶えて手段が無いのである。
たまたまこの家の宰《さい》たる杜洩《とせつ》が見舞に来た。病人は杜洩に向って豎牛の仕打を訴えるが、日頃の信任を承知している杜洩は冗談と考えててんで[#「てんで」に傍点]取合わない。叔孫がなおも余り真剣に訴えると、今度は熱病のため心神が錯乱したのではないかと、いぶかる風である。豎牛もまた横から杜洩に目配《めくばせ》して、頭の惑乱した病者にはつくづく困り果てたという表情を見せる。しまいに
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