牛人
中島敦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)魯の叔孫豹《しゅくそんひょう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)乱を避けて一時|斉《せい》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)日にち[#「日にち」に傍点]を指定する。
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 魯の叔孫豹《しゅくそんひょう》がまだ若かった頃、乱を避けて一時|斉《せい》に奔《はし》ったことがある。途《みち》に魯の北境|庚宗《こうそう》の地で一美婦を見た。俄《にわ》かに懇《ねんご》ろとなり、一夜を共に過して、さて翌朝別れて斉に入った。斉に落着き大夫《たいふ》国氏《こくし》の娘を娶《めと》って二児を挙げるに及んで、かつての路傍一夜の契《ちぎり》などはすっかり忘れ果ててしまった。
 或夜、夢を見た。四辺《あたり》の空気が重苦しく立罩《たちこ》め不吉な予感が静かな部屋の中を領している。突然、音も無く室の天井が下降し始める。極めて徐々に、しかし極めて確実に、それは少しずつ降りてくる。一刻ごとに部屋の空気が濃く淀《よど》み、呼吸が困難になってくる。逃げようともがくのだが、身体は寝床の上に仰
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