ェこの島の主となる日を考えると、妙にうそ[#「うそ」に傍点]寒い気持がして来た。
 薄明というものの無い南国のことで、陽が海に落ちると、すぐに真暗になる。私が淋《さび》しい東海岸から、それでも人家の集まっている西岸へと廻って行った頃は、もう既に夜であった。椰子樹の下の低い民家から、チラチラと灯が洩れる。その一軒に私は近付いて行った。裏の炊事場――パラオ語ではウムというが、此処南方離島では何と呼ぶのか知らない――に、焔が音も無く燃えていた。その上に掛かった鍋には芋か魚でもはいっているのだろう。私が中にはいって行くと、火の傍にいた老婆が驚いて顔を上げた。黥をした、たるんだ[#「たるんだ」に傍点]皮膚が、揺れ動く焔にチラチラと赤く映える。手真似で食を求めると、老婆はすぐに前の鍋の蓋を取って覗いた。だぶだぶ[#「だぶだぶ」に傍点]の汁《つゆ》の中に小魚が三、四匹はいっていたが、まだ煮えないらしい。老婆は立上って奥から木皿を持って来た。タロ芋の切ったのと、燻製らしい魚の切身が載っていた。別に空腹な訳ではない。彼らの食物の種類や味が知りたかっただけである。両方をちょっとつまんで味わって見てから、私
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