B私もまた、それを強要して、心理的な機微を観察しようとするほど、意地が悪くはない。ただ、校長から、此処の島民児童の特徴や、永年の公学校教育の経験談でも聴くにとどめようと思った。ところが、私は、何を聞かねばならなかったか? 徹頭徹尾、私が先ほど会って来た・あの警部補の悪口ばかりを聞かされたのである。
此処ばかりには限らない。離島《りとう》で、巡査派出所と公学校と両方のある島では、必ず両者の軋轢《あつれき》がある。そういう島では、巡査と公学校長(校長ばかりで下に訓導のいない学校が甚だ多いので)と、島中でこの二人だけが日本人であり、且つ官吏であるので、自然勢力争いが起るのである。どちらか一方だけだと、小独裁者の専制になってかえって結果は良いのだが。
私は今までにも何回となくそれを見ては来たが、ここの校長のように初対面の者に向って、いきなりこう猛烈にやり出すのは、初めてであった。何の悪口ということはない。何から何までその警部補のする事はみんな悪いのである。魚釣(この湾内ではもろ鰺[#「もろ鰺」に傍点]が良く釣れるそうだが)の下手なのまでが讒謗《ざんぼう》の種子になろうとは、私も考えなかった
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