している。
 八時、ランチでレロ島に上陸、すぐに警部補派出所に行く。この島には支庁が無く、この派出所で一切を扱っているのである。昔見た映画の「罪と罰」の中の刑事のような・顔も身体も共に横幅の広い警部補が一人、三人の島民巡警を使って事務をとっていた。公学校視察のために来たのだと言うと、すぐに巡警を案内につけてくれた。
 公学校に着くと、背の低い・小肥《こぶと》りに肥った・眼鏡の奥から商人風の抜目の無さそうな(絶えず相手の表情を観察している)目を光らせた・短い口髭《くちひげ》のある・中年の校長が、何か不埒《ふらち》なものでも見るような態度で、私を迎えた。
 教室は一棟三室、その中の一室は職員室にあててある。此処《ここ》は初等課だけだから三年までである。門をはいるや否や、色の浅黒い(といっても、カロリン諸島は東へ行くにつれて色の黒さが薄らいでくるように思われる)子供らが争って前に出て来ては、オハヨウゴザイマスと叮嚀《ていねい》に頭を下げる。
 教員は校長に訓導一人と島民の教員補一人。但し、一人の訓導とは女で、しかも校長の奥さんである。
 校長は授業を見られたくない様子だ。殊に己が妻の授業を
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