ワとまり、東京に落着くこととなった。もちろん、南洋土俗研究に一生を捧げた氏のこと故、いずれはまた向うへも調査には出掛けることがあるだろうが、それにしても、マリヤンの予期していたように彼の地に永住することはなくなった訳だ。
マリヤンが聞いたら何というだろうか?
[#改ページ]
風物抄
※[#ローマ数字1、1−13−21]
[#地から5字上げ]クサイ
朝、目が覚めると、船は停っている様子である。すぐに甲板に上って見る。
船は既に二つの島の間にはいり込んでいた。細かい雨が降っている。今まで見て来た南洋群島の島々とはおよそ変った風景である。少くとも、今甲板から眺めるクサイの島は、どう見ても、ゴーガンの画題ではない。細雨に烟《けむ》る長汀《ちょうてい》や、模糊《もこ》として隠見する翠《みどり》の山々などは、確かに東洋の絵だ。一汀煙雨杏花寒とか、暮雲巻雨山娟娟とか、そんな讃がついていても一向に不自然に思われない・純然たる水墨的な風景である。
食堂で朝食を済ませてから、また甲板へ出て見ると、もう雨は霽《あが》っていたが、まだ、煙のような雲が山々の峡《はざま》を去
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