黷ス。
 正月以来絶えて口にしなかった肉の味に舌鼓《したつづみ》を打ちながら、H氏と私とが「いずれまた秋頃までには帰って来るよ」(本当に、二人ともその予定だったのだ)と言うと、マリヤンが笑いながら言うのである。
「おじさん[#「おじさん」に傍点]はそりゃ半分以上島民なんだから、また戻って来るでしょうけれど、トンちゃん(困ったことに彼女は私のことをこう呼ぶのだ。H氏の呼び方を真似たのである。初めは少し腹を立てたが、しまいには閉口して苦笑する外は無かった)はねえ。」
「あてにならないというのかい?」と言えば、「内地の人といくら友達になっても、一ぺん内地へ帰ったら二度と戻って来た人は無いんだものねえ」と珍しくしみじみと言った。

 我々が内地へ帰ってから、H氏の所へ二、三回マリヤンから便りがあったそうである。その都度トンちゃんの消息を聞いて来ているという。
 私はといえば、実は、横浜へ上陸するや否や、たちまち寒さにやられて風邪をひき、それがこじれて肋膜《ろくまく》になってしまったのである。再び彼の地の役所に戻ることは、到底|覚束無《おぼつかな》い。
 H氏も最近偶然結婚(随分晩婚だが)の話が
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