\種の海鳥どもが群れているのだが、残念ながら、私には(同行の船員にも)一つも名前が判らぬ。私はただ無性に嬉しくなり、むやみに走り廻っては彼らを追いかけ廻した。幾らでも、全く可笑しい位幾らでも、捕《つか》まるのだ。嘴《くちばし》の赤くて長い・大きな白い奴を一羽抱きかかえた時はさすがに少し暴れられてつっ突かれ[#「つっ突かれ」に傍点]はしたが、私は子供のように喚声をあげながら何十羽となく捕えては離し、捕えては離しした。同行の船員らは始めてではないので私ほどに喜びはしなかったが、それでも棒切を揮《ふる》っては大分無用の殺生をしていた。彼らは手頃な大きさの奴三羽と、薄黄色い卵を十ばかり、食用にするために船へ持ち帰った。
遠足に行った少年のように満足し切って船に戻ると、下船しなかった警官が私に言った。
「あの野郎(ナポレオンのことだ)昨日から不貞腐れて何も喰わんのですよ。芋と椰子水を出して手の縄を解いてやるんだが、見向きもせんのです。何処まで強情か底が知れん。」
なるほど、少年は昨日と同じ場所に同じ姿勢でころがっていた。(幸い、そこは陽の射さぬ所だったが。)私が側へ寄っても、目はハッキリあい
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