フ独木舟《カヌー》が三隻水を切って近寄った。見事に赤銅色をした逞《たくま》しい男が、真赤な褌《ふんどし》一つで漕いで来る。近付くと、彼らの耳に黒い耳輪の下っているのが見えた。
「では、行って来ます」と警官はヘルメットを手に取りながら挨拶し、巡警を従えて甲板から降りて行った。
 この島には三時間しか泊らないことになっている。私は上陸しないことにした。ひとえに暑さを恐れたためである。
 昼食を下で済ませてから、また甲板へ上って来た。外海の濃藍色とは全然違って、堡礁《リーフ》内の水は、乳に溶かした翡翠《ひすい》だ。船の影になった所は、厚い硝子《ガラス》の切断部のような色合に、特に澄み透って見える。エンジェル・フィッシュに似た黒い派手な竪縞《たてじま》のある魚と、さより[#「さより」に傍点]のような飴色《あめいろ》の細い魚とが盛んに泳いでいるのを見下している中に、眠くなって来た。先刻警官の睡った寝椅子に横になると、直ぐに寝てしまった。

 タラップを上って来る足音と人声とに目を醒《さ》ますと、もう警官と巡警とが帰って来ていた。傍に、褌一つの島民少年を連れている。
「ああ、これですか。ナポレオン
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