ヘ。」
「ハア」と頷《うなず》くと、警官は少年を、甲板の隅の索具などの積んである辺へ向けて突き飛ばした。「その辺へしゃがんどれ。」
警官の背後《うしろ》から巡警が(二十歳《はたち》になったかならない位の、愚鈍そうな若者だ)何か短く少年に言った。警官の言葉を通訳したのであろう。少年は不貞腐《ふてくさ》れたような一瞥《いちべつ》を我々に投げてから、其処《そこ》にあった木箱に腰を下し、海の方を向いてしまった。
島民としては甚だ眼が小さいが、ナポレオン少年の顔は別に醜いという訳ではない。そうかといって(大抵の邪悪な顔には何処《どこ》か狡《ずる》い賢さがあるものだが)悪賢いという柄でもない。賢さなどというものは全然見られぬ・愚鈍極まる顔でありながら、普通の島民の顔に見られる・あのとぼけた[#「とぼけた」に傍点]おかしさがまるで[#「まるで」に傍点]無い。意味も目的も無い・まじりけの無い悪意だけがハッキリその愚かしい顔に現れている。先ほど警官から聞かされたこの少年のコロールでの残忍な行為も、なるほどこの顔ならやりそうだと思われた。ただ、予期に反したのは、その体躯の小さいことである。島民は概して
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