驍フだろう? 同じ南洋の官吏でいながら、まるで方面違いの、おまけにごく新米《しんまい》の私は、そんな事に全然無知だったので、少し訊ねて見たかったのだが、相手の機嫌を幾らか損じたらしい際でもあり、傍にいる島民巡警への顧慮も手伝って、それは控えることにした。
「昼頃にはS島に着くようなことを船長は言っとったが、この間みたいに半日も流されて、行過ぎとるなんてことがあるから、あてにはなりませんなあ。」
 警官は話を換えて、そんなことを言い、伸びをしながら、眼を海の方に向けた。私もまたそれにつられて、何ということもなく、目を細くして眩《まぶ》しい海と空とを眺めた。
 底抜けの上天気である。何という光り輝く青さだろう、海も空も。澄《す》み透《とお》る明るい空の青が、水平線近くで、茫と煙る金粉の靄《もや》の中に融け去ったかと思うと、その下から、今度は、一目見ただけでたちまち全身が染まってしまいそうな華やかな濃藍の水が、拡がり、膨らみ、盛上って来る。内に光を孕《はら》んだ豊麗極まりない藍紫色の大円盤が、船の白塗の欄干《てすり》の上になり下になりして、とてつもなく大きく高く膨れ上り、さてまたぐうん[#「
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