見て過した十年餘りの中に、氣まぐれで我が儘だつた白面の貴公子が、何時か、刻薄で、ひねくれた中年の苦勞人に成上つてゐた。
 荒涼たる生活の中で、唯《ただ》一つの慰めは、息子の公子疾であつた。現在の衞公|輒《てふ》とは異腹の弟だが、※[#「萠+りっとう」、第3水準1−91−14]※[#「耳+貴」、第4水準2−85−14]《くわいぐわい》が戚の地に入ると直ぐに、母親と共に父の許に赴き、其處で一緒に暮らすやうになつたのである。志を得たならば必ず此の子を太子にと、※[#「萠+りっとう」、第3水準1−91−14]※[#「耳+貴」、第4水準2−85−14]《くわいぐわい》は固く決めてゐた。息子の外にもう一つ、彼は一種の棄鉢な情熱の吐け口を鬪※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]戲に見出してゐた。射倖心や嗜虐性の滿足を求める以外に、逞しい雄※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の姿への美的な耽溺でもある。餘り裕かでない生活《くらし》の中から莫大な費用を割いて、堂々たる※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]舍を連ね、美しく強い※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]共を養つてゐた。

 孔
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