近い・紅く濁つた月である。公は不吉なものを見たやうに眉を顰め、再び室に入つて、氣になるままに灯の下で自ら筮竹を取つた。
 翌朝、筮師を召して其の卦を判ぜしめた。害無しと言ふ。公は欣び、賞として領邑を與へることにしたが、筮師は公の前を退くと直ぐに倉皇として國外に逃れた。現れた通りの卦を其の儘傳へれば不興を蒙ること必定故、一先づ僞つて公の前をつくろひ、さて、後に一散に逃亡したのである。公は改めて卜した。その卦兆の辭を見るに「魚の疲れ病み、赤尾を曳きて流に横たはり、水邊を迷ふが如し。大國これを滅ぼし、將に亡びんとす。城門と水門とを閉ぢ、乃ち後より踰《こ》えん」とある。大國とあるのが、晉であらうことだけは判るが、其の他の意味は判然しない。兎に角、衞侯の前途の暗いものであることだけは確かと思はれた。
 殘年の短かさを覺悟させられた莊公は、晉國の壓迫と太子の專横とに對して確乎たる處置を講ずる代りに、暗い豫言の實現する前に少しでも多くの快樂を貪らうと只管にあせるばかりである。大規模の工事が相繼いで起され過激な勞働が強制されて、工匠石匠等の怨嗟の聲が巷に滿ちた。一時忘れられてゐた鬪※[#「奚+隹」、第
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