辭で、實は、以前厄介になつた晉國が煙たさ故の・故意の延引なのだから、欺されぬやうに、との使である。一日も早く父に代り度いが爲の策謀と明らかに知れ、趙簡子も流石に些か不快だつたが、一方衞侯の忘恩も又必ず懲さねばならぬと考へた。

 其の年の秋の或夜、莊公は妙な夢を見た。
 荒涼たる曠野に、檐《のき》も傾いた古い樓臺が一つ聳え、そこへ一人の男が上つて、髮を振り亂して叫んでゐる。「見えるわ。見えるわ。瓜、一面の瓜だ。」見覺えのあるやうな所と思つたら其處は古《いにしへ》の昆吾氏の墟《あと》で、成程到る所累々たる瓜ばかりである。小さき瓜を此の大きさに育て上げたのは誰だ? 慘めな亡命者を時めく衞侯に迄守り育てたのは誰だ? と樓上で狂人の如く地團駄を踏んで喚いてゐる彼の男の聲にも、どうやら聞き憶えがある。おやと思つて聞き耳を立てると、今度は莫迦にはつきり[#「はつきり」に傍点]聞えて來た。「俺は渾良夫《こんりやうふ》だ。俺に何の罪があるか! 俺に何の罪があるか!」
 莊公は、びつしより汗をかいて眼を覺した。いやな氣持であつた。不快さを追拂はうと露臺へ出て見る。遲い月が野の果に出た所であつた。赤銅色に
前へ 次へ
全19ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング