》の車に乘る。罪二つ。君の前にして裘を脱ぎ、劍を釋《と》かずして食ふ。罪三つ。
 それだけで丁度三件。太子は未だ我を殺すことは出來ぬ、と、必死にもがきながら良夫が叫ぶ。
 いや、まだある。忘れるなよ。先夜、汝は主君に何を言上したか? 君侯父子を離間しようとする佞臣奴!
 良夫の顏色がさつ[#「さつ」に傍点]と紙の樣に白くなる。
 之で汝の罪は四つだ。といふ言葉も終らぬ中に、良夫の頸はがつくり[#「がつくり」に傍点]前に落ち、黒地に金で猛虎を刺繍した大緞帳に鮮血がさつと迸る。
 莊公は眞蒼な顏をした儘、默つて息子のすることを見てゐた。

 晉の趙簡子の所から莊公に使が來た。衞侯亡命の砌、及ばず乍ら御援け申した所、歸國後一向に御挨拶が無い。御自身に差支へがあるなら、せめて太子なりと遣はされて、晉侯に一應の御挨拶がありたい、といふ口上である。かなり威猛高な此の文言に、莊公は又しても己の過去の慘めさを思出し、少からず自尊心を害した。國内に未だ紛爭《ごたごた》が絶えぬ故、今暫く猶豫され度い、と、取敢へず使を以て言はせたが、其の使者と入れ違ひに衞の太子からの密使が晉に屆いた。父衞侯の返辭は單なる遁
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