への美的な耽溺でもある。余り裕《ゆた》かでない生活《くらし》の中から莫大な費用を割いて、堂々たる※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]舎を連ね、美しく強い※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]共を養っていた。
孔叔圉《こうしゅくぎょ》が死に、其の未亡人で※[#「萠+りっとう」、第3水準1−91−14]※[#「耳+貴」、第4水準2−85−14]の姉に当る伯姫《はくき》が、息子の※[#「りっしんべん+里」、第3水準1−84−49]《かい》を虚器《きょき》に擁して権勢を揮い始めてから、漸く衛の都の空気は亡命太子にとって好転して来た。伯姫の情夫・渾良夫《こんりょうふ》という者が使となって屡々《しばしば》都と戚との間を往復した。太子は、志を得た暁には汝を大夫に取立て死罪に抵《あた》る咎あるも三度迄は許そうと良夫に約束し、之を手先としてぬかり無く策謀を運《めぐ》らす。
周の敬王の四十年、閏《うるう》十二月某日※[#「萠+りっとう」、第3水準1−91−14]※[#「耳+貴」、第4水準2−85−14]は良夫に迎えられて長駆都に入った。薄暮女装して孔氏の邸に潜入、姉の伯姫や渾良夫と共に、孔
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