とまるでそっくり[#「そっくり」に傍点]の赤銅色に濁った月である。いや[#「いや」に傍点]だなと荘公が思った途端、左右の叢《くさむら》から黒い人影がばらばらと立現れて、打って掛った。剽盗《ひょうとう》か、それとも追手か。考える暇もなく激しく闘わねばならなかった。諸公子も侍臣等も大方は討たれ、それでも公は唯独り草に匍《は》いつつ逃れた。立てなかったために却って見逃されたのでもあろう。
気が付いて見ると、公はまだ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]をしっかり抱いている。先程から鳴声一つ立てないのは、疾《と》うに死んで了っていたからである。それでも捨て去る気になれず、死んだ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]を片手に、匍って行く。
原の一隅に、不思議と、人家らしいもののかたまった一郭が見えた。公は漸く其処迄辿り着き、気息|奄々《えんえん》たる様《さま》でとっつき[#「とっつき」に傍点]の一軒に匍い込む。扶け入れられ、差出された水を一杯飲み終った時、到頭来たな! という太い声がした。驚いて眼を上げると、此の家の主人らしい・赭《あか》ら顔の・前歯の大きく飛出た男がじっ[#「じっ」
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