上に立っている衛侯の姿を睨んだ。役人に笞《むち》打たれても、容易に其の場を立去ろうとしないのである。
冬、西方からの晋軍の侵入と呼応して、大夫・石圃《せきほ》なる者が兵を挙げ、衛の公宮を襲うた。衛侯の己を除こうとしているのを知り先手を打ったのである。一説には又、太子疾との共謀によるのだともいう。
荘公は城門を悉く閉じ、自ら城楼に登って叛軍に呼び掛け、和議の条件を種々提示したが石圃は頑として応じない。やむなく寡《すくな》い手兵を以て禦がせている中に夜に入った。
月の出ぬ間の暗さに乗じて逃れねばならぬ。諸公子・侍臣等の少数を従え、例の高冠昂尾の愛※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]を自ら抱いて公は後門を踰《こ》える。慣れぬこととて足を踏み外して墜ち、したたか股を打ち脚を挫いた。手当をしている暇は無い。侍臣に扶《たす》けられつつ、真暗な曠野を急ぐ。兎にも角にも夜明迄に国境を越えて宋の地に入ろうとしたのである。大分歩いた頃、突然空がぼうっ[#「ぼうっ」に傍点]と仄《ほの》黄色く野の黒さから離れて浮上ったような感じがした。月が出たのである。何時かの夜夢に起されて公宮の露台から見たの
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