る瓜ばかりである。小さき瓜を此の大きさに育て上げたのは誰だ? 惨めな亡命者を時めく衛侯に迄守り育てたのは誰だ? と楼上で狂人の如く地団駄を踏んで喚いている彼の男の声にも、どうやら聞き憶えがある。おやと思って聞き耳を立てると、今度は莫迦にはっきり[#「はっきり」に傍点]聞えて来た。「俺は渾良夫《こんりょうふ》だ。俺に何の罪があるか! 俺に何の罪があるか!」
 荘公は、びっしょり汗をかいて眼を覚した。いやな気持であった。不快さを追払おうと露台へ出て見る。遅い月が野の果に出た所であった。赤銅色に近い・紅く濁った月である。公は不吉なものを見たように眉を顰《しか》め、再び室に入って、気になるままに灯の下で自ら筮竹《ぜいちく》を取った。
 翌朝、筮師を召して其の卦《け》を判ぜしめた。害無しと言う。公は欣び、賞として領邑《りょうゆう》を与えることにしたが、筮師は公の前を退くと直ぐに倉皇《そうこう》として国外に逃れた。現れた通りの卦を其の儘伝えれば不興を蒙ること必定故、一先ず偽って公の前をつくろい、さて、後に一散に逃亡したのである。公は改めて卜《ぼく》した。その卦兆の辞を見るに「魚の疲れ病み、赤尾を曳
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