た。衛侯亡命の砌《みぎり》、及ばず乍《なが》ら御援け申した所、帰国後一向に御挨拶が無い。御自身に差支えがあるなら、せめて太子なりと遣わされて、晋侯に一応の御挨拶がありたい、という口上である。かなり威猛高な此の文言に、荘公は又しても己の過去の惨めさを思出し、少からず自尊心を害した。国内に未だ紛争《ごたごた》が絶えぬ故、今暫く猶予され度い、と、取敢えず使を以て言わせたが、其の使者と入れ違いに衛の太子からの密使が晋に届いた。父衛侯の返辞は単なる遁辞《とんじ》で、実は、以前厄介になった晋国が煙たさ故の・故意の延引なのだから、欺されぬように、との使である。一日も早く父に代り度いが為の策謀と明らかに知れ、趙簡子も流石《さすが》に些《いささ》か不快だったが、一方衛侯の忘恩も又必ず懲さねばならぬと考えた。
其の年の秋の或夜、荘公は妙な夢を見た。
荒涼たる曠野に、檐《のき》も傾いた古い楼台が一つ聳《そび》え、そこへ一人の男が上って、髪を振り乱して叫んでいる。「見えるわ。見えるわ。瓜、一面の瓜だ。」見覚えのあるような所と思ったら其処は古《いにしえ》の昆吾氏《こんごし》の墟《あと》で、成程到る処累々た
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