誅するのだ。
 腕力に自信の無い良夫は強いて抵抗もせず、荘公に向って哀願の視線を送りながら、叫ぶ。嘗て御主君は死罪三件まで之を免ぜんと我に約し給うた。されば、仮令《たとい》今我に罪ありとするも、太子は刃《やいば》を加えることが出来ぬ筈だ。
 三件とや? 然らば汝の罪を数えよう。汝今日、国君の服たる紫衣をまとう。罪一つ。天子|直参《じきさん》の上卿用たる衷甸両牡《ちゅうじょうりょうぼ》の車に乗る。罪二つ。君の前にして裘を脱ぎ、剣を釈《と》かずして食う。罪三つ。
 それだけで丁度三件。太子は未だ我を殺すことは出来ぬ、と、必死にもがきながら良夫が叫ぶ。
 いや、まだある。忘れるなよ。先夜、汝は主君に何を言上したか? 君侯父子を離間しようとする佞臣奴《ねいしんめ》!
 良夫の顔色がさっ[#「さっ」に傍点]と紙の様に白くなる。
 之で汝の罪は四つだ。という言葉も終らぬ中に、良夫の頸はがっくり[#「がっくり」に傍点]前に落ち、黒地に金で猛虎を刺繍した大緞帳に鮮血がさっと迸《ほとばし》る。
 荘公は真蒼な顔をした儘、黙って息子のすることを見ていた。

 晋の趙簡子《ちょうかんし》の所から荘公に使が来
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