する過剰を正確に表わす。
一九一 企業者が利益を得ている状態にあるかまたは損失を受けた状態にあるかは、常に、この人の帳簿及び倉庫中にある原料及び生産物の状態によって定められる。故に今は企業の会計と損益計算の方法を説明すべきときである。この損益計算の方法は通常の実践から導き出され、上に述べた概念と全く一致し、私の生産理論が事物の性質をよく基礎に置いていることを証明している。私はまず簡単に複式簿記の原理を説明する。
一九二 企業者として、私はまず金庫を所持し、貨幣を受け入れたときはこの中に収容し、支払のために必要なときは、これから引出す。かようにして、この金庫のそとから中に、中から外にと、貨幣の二重の流れがある。換言すれば到着する貨幣の流れと、出ていく貨幣の流れとがある。ところで与えられたときにおいて私の金庫にある貨幣の量は、入ってきた貨幣量と、出ていった貨幣量との差に常に等しくあるべきことは、明らかである。この場合に、もし私が帳簿の白紙の一頁をとり、見出しに現金と書き、頁の両側の一方例えば左側に金庫中に順次に入ってきた金額を上方から下方へ記入し、頁の他の一側すなわち右方に順次に支払った金額を記入すれば、左側の合計と右側の合計との差は、金庫中にある現金の合計を常に示している。これら二つの合計が互に相等しく、両者の差がゼロとなることもあり得る。このときには、金庫は空である。けれども右側の合計は決して左側の合計より大であることが出来ない。この二つの欄全体は現金勘定[#「現金勘定」に傍点]と呼ばれる。左欄の全体は現金勘定の借方[#「借方」に傍点](doit または 〔de'bit〕)と呼ばれ、右欄のそれは貸方[#「貸方」に傍点](avoir または 〔cre'dit〕)と呼ばれる。借方と貸方の差は現金勘定の残高[#「残高」に傍点](solde)と呼ばれ、正またはゼロであり得るが、しかし負ではあり得ない。
一九三 ここまでは、複式簿記に似た所は一つもない。次に複式簿記がいかにして現われるかを説明しよう。
私の金庫の中に入る貨幣は、これを私に貸した資本家または私から生産物を購った消費者から来り、出ていく貨幣は固定資本または流動資本に変形していく。ところで、私は、金庫内に入ってくる金額を現金勘定の借方に記入し、この金額がどこから来るかを示そうと欲し、また同様に金庫から出る金額を現金勘定の貸方に記入して、この金額がどこに行くかを示そうと欲していると想像する。この欲する目的を遂げるために、私は何をなすか。例えば私が最初に金庫中に入れる貨幣は私の友人マルタンが私に貸与した金額であるとする。私はマルタンに対し、二年または三年の内に一部分の返済を約したとする。この場合に、この金額がマルタンから来たことをいかにして示すか。その方法は極めて簡単である。現金勘定の借方に金額を記入した後、私は“資本主”または“マルタン”と記す。だが事を充分に尽すには、それで止ってはならぬ。私は、帳簿の他の頁を採り、見出に資本主またはマルタンと記し、現金勘定の借方にすなわちこの勘定の頁の左方に金額を記入すると同時に、直ちに同一の金額を資本主またはマルタン勘定の貸方にすなわちこの勘定の頁の右側に記入する。そしてこの金額を資本主またはマルタン勘定の貸方に記入するに当り“現金”と記す。これで記入が終ったのである。なお他の一つの事があるのが予想せられるが、それは右と反対に、私が、資本家であるマルタンに借入金の一部を返還するため、金庫から貨幣を取出した場合である。このときには、この金額を、“資本主”または“マルタン”と記して、現金勘定の貸方に記入し、資本主またはマルタン勘定の借方に“現金”と記入する。その結果、現金勘定の借方残高は、私が金庫に有する貨幣の有高を常に示すように、資本主またはマルタン勘定の貸方残高は、忘れてはならない他の重要な点、すなわち我が資本家マルタンに負う所の貨幣額を常に教えるのである。
私が金庫に入れまたは金庫から取り出す他の金額も同様にして記入せられる。例えば私の工場に機械を据え付けるために貨幣を取り出すときは、この機械は固定資本――その重要さについては私は既に簡単に述べておいた――と呼んだものの一部を成すのであるが、この時私は、固定資本勘定を設け、現金勘定の貸方に金額を記入し、かつ“固定資本”と附記し、固定資本勘定の借方に“現金”と附記して金額を記入する。流動資本についても同様である。もし私が原料を購いまたは商品を仕入れ、家賃を支払い、賃銀を支払う等、一般に地代・賃銀・利子を支払って、貨幣を金庫から引出すときは、現金勘定の貸方と、流動資本勘定の借方にこれを記入する。また私の生産物の販売から生ずる貨幣を私の金庫に入れれば、私は現金勘定の借方と流動資本勘定の貸方に、その金額を記入する。現在の会計の慣習では、流動資本勘定の代りに、他の二つの勘定科目を用いる。その一は原料及び仕入商品を借方に記入する商品勘定、他は地代・賃銀及び利子を借方に記入する営業費勘定である。もし必要があれば、この細別を更に詳細な分類とすることが出来る。だが右に見てきたように、一般的流動資本勘定を置き換えたこれらすべての特種勘定は損益計算に当って、結合せられねばならぬ。
複式簿記はこのようなものである。その原理は、ある勘定の借方または貸方に金額を記入したときは[#「ある勘定の借方または貸方に金額を記入したときは」に傍点]、必ず他の勘定の貸方または借方にこれを記入すること[#「必ず他の勘定の貸方または借方にこれを記入すること」に傍点]である。この原理から、借方残高の合計すなわち資産は貸方残高の合計すなわち負債に常に等しいという結果が出てくる。第一次的には勘定科目の順序に従い、第二次的には日附に従って記入せられる帳簿は元帳[#「元帳」に傍点](grand−livre)と称せられる。それに附属し、同じ記帳を日附の順序に従い、第二次的に勘定の順序に従って記入せられる帳簿は、日記帳[#「日記帳」に傍点](journal)と呼ばれる。
一九四 現金勘定は、あるときは借方に、あるときは貸方に記入せられる。資本主勘定は、貨幣の貸主である資本家の数に細分せられ得る。固定資本勘定は一般に借方に記入せられる。流動資本勘定はあるときは借方にあるときは貸方に記入せられる。以上がすべての企業の主要な四つの勘定である。固定資本勘定の借方は固定資本の額を示す。流動資本勘定の借方は、未だ生産物に具体化しない流動資本の額を示す。右に説明した複式簿記が、商工業、銀行業においてと同じく、農業においても用い得られるか否か。人々は現に盛にこれを論じている。これは要するに、農業は地用・労働・利殖を原料に適用して生産物を作り出す産業であるか否かを問うことに等しい。もし農業がかかる産業であるとすれば、複式簿記法が、商、工、金融企業においてと同じく、農業においても用い得られないはずはなく、今日この使用をなすに成功していないとしても、これは合理的に諸勘定を設けることを知らないためである。私共はここに理論と実際とが互に相|援《たす》け合う有様の著しい例を見るわけである。けだし、たしかに、簿記によって表わされる産業の実際は生産理論の確立に大いに役立ち得るからである。そしてまた確かに、この理論が確立せられれば、農業の実際を簿記会計によって表わすのに大いに役立ち得るからである。
一九五 次に、企業の損益計算の方法を説明し、企業者の利益または損失の状態がいかにして成立するかを説明せねばならぬ。この説明のために、実際の簿記の慣習と称呼とに従って、例を作るのが適当であろう。
私が指物建具屋であるとする。私は、貯蓄した三、〇〇〇フランと、私に関心を有し私を信用する親族友人から借り入れた七、〇〇〇フランで仕事を始めたとする。これらの人々と私とは契約を結び、これにより彼らは十年間七、〇〇〇フランを貸与する義務を負い、私は彼らに年利五分を支払う義務を負う。そこで彼らは出資社員となる。私は、私自身に対する出資社員であって、三、〇〇〇フランに対する五分の利子を私自身に支払わねばならぬ。私は一〇、〇〇〇フランを私の金庫に収納し、これを現金勘定の借方に記入し、また出資社員勘定の貸方に記入する。もし出資社員が直ちに払込をなさず、または一時に全部の人が払込をしないときは、これら出資者A、B、C等の別々の勘定を設けなければならぬ。
これをなしおえた上で、私は、年五〇〇フランで土地を賃借し、その上に工場を建設し、機械、仕事台、旋盤等を据え付ける。それらのすべてで五、〇〇〇フランを要し、それを貨幣で支払ったとする。私の金庫からこれらの五、〇〇〇フランを引出したとき、現金勘定の貸方に五、〇〇〇フランを記入し、固定資本勘定の借方に五、〇〇〇フランを記入する。
次に、材木その他の材料を二、〇〇〇フラン購入すれば、現金勘定の貸方に二、〇〇〇フランを記入し、商品勘定の借方に二、〇〇〇フランを記入する。
また次に、出資者に対し利子として五〇〇フランを支払い、賃借した土地の地代として五〇〇フランを、賃銀として二、〇〇〇フランを支払ったとすれば、現金勘定の貸方に三、〇〇〇フランを記入し、同時にこれを営業費勘定の借方に記入する。
ところでこれらの出資をなしおえれば、私は注文を受けた家具・什器を製作し、これを売渡す。六、〇〇〇フラン現金で売渡したとすれば、六〇〇〇フランを現金勘定の借方に記入し、またそれを商品勘定の貸方に記入する。
一九六 このときに、損益計算を行ってみる。出来るだけ簡単にするため、商品・原料・生産物等の残余が存在しないと仮定する。従って私は商品をもっていないわけであるが、商品勘定に残高がある。商品勘定は、現金勘定に対して二、〇〇〇フランを負い、またこれに対し六、〇〇〇フランを貸している。差額は四〇〇〇フランである。これは、どこから来ているのか。事ははなはだ簡単である。買った金額より高く売ったからである。実際、私がなさねばならなかったのは、このように高く売ることであった。私は、材木、その他の材料を購い、製品である家具什器を売った。ところで製品の価格のうちに、単に原料品の価格のみでなく、労働の賃銀を初めとし、他の一般的費用及びある額の利益が含まれていなければならぬ。四、〇〇〇フランの残高は三、〇〇〇フランの営業費を償い、一、〇〇〇フランの利益を残す。それが、私がまず第一に営業費を商品勘定の借方に移し、第二に商品勘定の残高を損益勘定の借方に移そうとする理由である。倉庫には商品が残存していないから、この商品勘定は締切らねばならぬ。この場合損益勘定では一、〇〇〇フランの貸方となって現われる。もし損失が現われれば、損益勘定の借方に数字が現われる。
一九七 以上の一切が終ったとき、私の勘定は次のようにして決算せられる。
現金勘定は一六、〇〇〇フランを受け、一〇、〇〇〇フランを支出している。よって六、〇〇〇フランの借方残高がある。
資本主勘定は、一〇、〇〇〇フランの払込みがあったのであるから、一〇、〇〇〇フランの貸方残高がある。
固定資本勘定は五、〇〇〇フランを受け入れている。よって五、〇〇〇フランの借方残高がある。
商品勘定は六、〇〇〇フランを受け、六、〇〇〇フランを支出している。故に差引残高がない。
営業費勘定は三、〇〇〇フランを受け、三、〇〇〇フランを支出している。故にここにも差引残高がない。
損益勘定は一、〇〇〇フランを支出している。よって一、〇〇〇フランの貸方残高がある。
要するに私の貸借対照表は次の如くである。
[#ここから横組み]
[#ここから7字下げ]
資産(借方勘定の一切から成る)
現金勘定 6,000
固定資本勘定 5,000[#「 5,000」に傍線]
計 11,000[#「11,000」に二重傍線]
負債(貸方勘定の一切から成る)
資本主勘定 10,000
損
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