やりましたが、猿は水底深く沈んで行く樫の枝には縋つてゐても、与兵衛の釣竿は見向きもしませんでした。
「助けてやるんだよ、おい、助けてやるツて云ふのに。」
 与兵衛はかう言ひましたが、悲しい事には猿に人間の言葉は通じませんから、親猿は却つて歯齦《はぐき》を剥《む》き出して唸《うな》るのでした。
 すると今度は山の上から小猿が五疋十疋と、ゾロ/\川岸へ出て来ました。彼等《かれら》は与兵衛が鉄砲を持つてゐないのを見《み》て安心したらしく向ふの川岸へ下りて来て、「その親猿を、そつちへは遣《や》らぬぞ!」といふやうに、キヤツ! キヤツ! 言ひながら、川端の柳の枝に掴《つか》まつて水の中へ手を伸《のば》して見たり、枯枝を差出して見たりしたが、親猿の浮いて居る所へは届きません。親猿は川の中で、顔だけ水の上に浮べて、悲しさうに時々|啼《な》きました。
 与兵衛はふと気付いて手に持つてゐた釣竿を、向岸に投げてやりました。けれども自分|達《たち》に投げつけられたのだと思つたらしく子猿どもは一時|藪影《やぶかげ》へ隠れましたが、また出て来て、今度はその釣竿を一疋の可成り大きい兄さんの猿が掴んだと思ふと、それ
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