れない。本たうに、わたしは、わるいことをしました。もう一ど、ひきかへして、手をひつぱつてあげようか知ら……いや、わたしは、今晩の八時までに、どうしても、次の町まで、行かなければなりません。しかし、あの人は気のどくだ。こんな、けはしい坂を、あのくるしさうな、あるきぶりで、どうして、のぼれるか知ら。」と、つぶやいてゐました。けれども、時計を見ますと、もう、ぐづぐづしては、ゐられませんから、博士はまた、自てん車をおして、坂を下りました。
二三十分ほどあるきますと、向ふから、一人の魚屋さんがきました。平べつたいかごに、いわしだの、さばだのといふ、ひものを二三十、入れたのを、かついでゐます。
博士は、立ちどまつて、「魚屋さん。」と、こゑをかけました。見知らぬ人から、よび止められた魚屋さんは、びつくりしました。そして、だまつて博士のかほを、ぢろぢろ、ながめてゐました。
博士は、ぽけつとから、五十銭ぎんくわを一枚、とり出して、魚屋さんにわたしながら、
「魚屋さん、すみませんが、わたしのあとへ、一人のびやう人が、来ますから、此の五十銭を上げて下さい。わたし、少しいそぎますから……さやうなら。」と
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