持つて行つた掛軸を、描いて貰《もら》はうではないか。」
「それはいい。では描いてもらひませう。」
そこで、画家さんに相談しますと、画家さんは、
「承知いたしました。どんな画でしたか、仰しやつて下さい。其の通りに描きます。」と、申しました。
さて、さう言はれてみますと、此《こ》の村中に、其の掛軸の絵を、はつきり覚えてゐる人は一人だつてありません。
「妙な人間が、円いものの向ふに立つてゐたつけ。」
「何人居たつけね。」
「六七人だつたらう。」
「いや、五人だらう。」
誰《だれ》一人、はつきり覚えてゐません。そこで村の人達は愚助の所へ来て、
「愚助さん、あなたは、あの書院に掛つてゐた大きな掛軸の絵を覚えてゐますか。覚えてゐますなら、画家さんに話してあげて下さい。」と、頼みました。
愚助は眼を閉ぢて考へました。何とか、かんとか、和尚様が詳しく教へてくれた事だけは知つてゐますが、みんな忘れてしまつてゐるのです。けれども愚助は、
「宜《よろ》しい、其の画家さんを、ここへよこして下さい。きつと考へ出して、元の通りの絵を描いて貰ひます。」と、申しました。
「愚助さん、大丈夫ですか。」と、村の人
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