と、裏口のドアの蔭に、つぶれそうな古い籐椅子に腰をおろした婆あさんがいる。
 婆あさんは、こちらをむいて何だかいう。耳をそばだてると
『オーキン、ウオーキン、ウオークイン。』と聞こえる。
 呼びかける老婦人こそ、詩人ウオーキン・ミラーの未亡人で、夫の名を呼ぶつもりで『おはいりなさい(Walk in)』といっているのである。
 近よると如何にもうれしそうな顔で『ウオーキン』とも一度いって、ウオーキンの意味を説明する。
 夫人は黒い僧服のようなものを着て、白い首飾りをかけている。それが何だか物すごい感じを与える。今のアメリカにもこんな女がいるかと疑われる。北欧の森林からでもぬけ出して来た婆あさんらしく、今にぶつぶつと呪文でも唱え出しそうである。けれども夫人の顔には一種独特の艶があり、その眉宇にはある物を威圧する力がある。
『あなたは日本人ですね。』
『そうです。』
 この短い会話は老婦人を俄かに興奮させた。
『ヨネ・ノグチは、あれは天才です。本当に天才です、今に達者でボーイ達を教えているそうだが、あんな詩人の教育を受けるボーイ達は幸福です。それからミスター・カンノはえらい男です。どんな苦労
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