・ブラウニングに捧げし記念塔あり。この高嶺は千九百十九年オークランド市の所有となる。』
 それは青銅のタブレットにきざまれた文字であった。
 破れた窓から中をのぞいてみると、薄暗い室に素朴頑丈な椅子やテエブルが無造作におかれてある。この椅子に掛けて、このテエブルにもたれて、詩翁《しおう》は、ヨネ・ノグチの若い顔に何を話しかけたことであろうなどと思っていると、見ぬ詩翁の顔は浮んで来ないが、ヨネ・ノグチのあの顔が眼底に見えて来る。
 近づいて来た老人にきくと、ミラー翁がここに来た頃は、まだ狼が夜な夜なさまよい出て物すごくほえたそうで、夫人も娘も恐ろしがってここへは来なかったそうである。
『詩人ミラーはひとりでいたんですか。』
 当然なすべき質問であった。
『名前は知らないが、日本人がいて炊事を助けたという話しです。』と、老人は答えた。
『その日本人の名はヨネ・ノグチといいませんでしたか。』
『知りませんね。』
 老人は、とことこ歩み去った。老人の行った方を見ると、半町ほど隔った所に小さい木造の家がある。
 ユーカリプタスの落葉を踏みながら、だらだら坂を登って、その家に近づいて入口からのぞく
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