あせればあせる程こけるのである。仕方がないので片々で十分に踏みかためては一足のぼり、踏みかためては一足登り、漸くの思でなだれを攀ぢた。笠が途中に引掛つて居た。道の下まで來ると木の根がある。木の根へ手を掛けたが、片手に笠があるのでまたずる/\として踏み答へがない。それからしつかと笠を冠つた。兩手で縋つてやつとのことで道路へ上つた。なだれの上は棧橋であつたのだ。安心すると共に驚きと恐れとが一時に襲ひ來つた樣に動悸がはげしくて何とも形容の出來ない一種の厭な心持がした。夜の山道などは以來決してすべきものでないとつく/″\感じたのである。此の時人が若しも予を見たならばどんな容貌をして居つたであらうか。
 これからは非常の注意を以て然かも急いだ。然し予はどうして此の時半里足らずの三依へ引つ返す心にならないで一圖に宿へ歸らうとしたことであつたか自分にも分らないのである。一つは慌てゝ居つたからでもあるだらうか。
 時々溪流の樣な響が梢を傳ひて段々近づくと思ふとあたりは白雲が一杯になつて、汗ばんで居た身體はぞつとする程寒くなる。白雲が去つて仕舞ふと素の平靜にかへる。頂上まで來るとこれからが鹽原に面した坂
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