るものかいと婆さんが笑つた。栗を噬りながらせつせと歩いた。皮の儘で熬つた栗は堅いこと夥しい。あの婆さんがこんな石のやうなものをかぢるのかと驚いた位である。峠の登りを半分も來ると日は全く暮れた。松明一本も用意しなかつたのは考へると實に危險なのである。だん/\に樹木の茂りへかゝると闇さが加はつて來た。足もとに青く白く光るものがある。薄氣味惡く手に採つて見るとぬら/\としたものである。能く見るとそれは茸であつた。樹木は更に深くなる。然し三依に面した坂路は晝間見た所では曲折もなく勾[#「勾」は底本では「※[#「曷−日」、310−10]」]配も緩やかであつたから格別氣にもせずにせつせと歩いた。然しそれが無謀にも全く心あてに歩くに過ぎなかつたのである。樹蔭の一際暗い所であつたが、暗いと思つた瞬間に右の足を踏み外して身躰が轉々として數囘廻轉した。幸にして途中で留まつた。漸くのことで心を落ち付けて見ると、小石程の巖の碎けが夥しい中に予の體があつた。雨のために巖が崩れるとその碎けが溪に向つて瀧のやうになだれることがある。予の體の留つたのは其なだれの中間であるに相違ない。身を動かせばずる/\と下へこける。
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