今此頂から連山を見る目に遮るものがないやうになつかしい此山が先づ目につくであらう。何處かの一角に其俤が見える樣な心持がする。濱々の漁人は今其茅屋に久しい間の妻や娘を待[#「待」は底本では「持」]ち疲れつゝ居るに相違ない。其濱々が山のうしろに隱れて居るのである。此峯つゞきは角田山で畢つて其さきは平野が海と相接して居る。其角田の山を幾らも相隔らぬ所に眞白く川口が見える。余は一も二もなくそれは蛸を賣りに行くといふ内野の川口だと思つたので看守人に聞いて見たらあれは新潟であの煙が石油製造所だといつた。余は新潟はもつと遠くに離れて居るのだらうと思つたのであつた。煙だといふのは埃が吹つ立つた樣な色で斜に長く棚引いて巾廣に海を掩うて居る。看守人の居る所を辭して復た廟の傍に立つと佐渡の雲は依然として白く海へ映つた儘である。痩せた薄の穗もやつぱり傾いたまゝ動かない。更に一遍ぐるつと見廻して見ると低くて小さなつまらぬ山と思つた此の彌彦の眺望の闊大なのには今更の如く驚かずには居られぬのである。
杉の林へ下りると根ごじにした小さな杉の木と唐鍬とを側に置いて二人の老人が焚火をして居る。藁で板の樣に拵へたものを背
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