過ぎないのである。高平公使が居るので浴客がめつきり殖ゑたというて居る土地である。それは公使の顏が見たさに人々が聚るのだといふ。此が十分に此地方を説明して居る。此渡波から八厘で渡す狹い渡しへかゝる。其時丁度麁朶を滿載した船が白帆を張つて狹い渡し一杯になり相にして、海からはひつて來た。渡しを越すとそこは牡鹿半島の地である。街道も渡波で竭きてこれからは僅に小徑を辿つて行く。汀について小山の裾を廻つて坂になる。又脚が痛み出したので小さな丘の上で休んだ。入江が一眸のうちに聚る。此が萬石の浦である。入江は硝子の乳器のやうな形に先へ開いて居る。入口に近い所に幾つかの中洲がある。中洲のめぐりには薪が山の如くに積んであつて煙が幾筋となく立ち昇つて居る。秋の日は其煙の中に傾きつゝ見える。中洲は鹽田である。方言ヂンバであるが此邊の人は鼻へかけてそれをヅンバと云つて居る。それでさつきの船は此の鹽田へ薪を運んで來たのだといふことがわかつた。入江は低い山々を以て圍まれて居る。遙かに水を隔て對岸に青く聳えて居るのが牧山でそれから峰が左右へ長く連つて居る。牧山の下にはこんもりとした森があつて其森は幽かな三四の民家と共
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