な村落の若者の爲にぢらされた例《ためし》がありましたからか、爺さんはもう非常な怒氣を含みました。窃と蚊帳を捲りながら飛び出しました。棍棒を手にすることは咄嗟の間にも忘れませんでした。然しながら爺さんの驚駭《おどろき》はどんなでしたらう。其處には慥に人が立つて居ましたけれども其人は遁げたり隱れたりしようとは致しません。唯蜀黍の傍に身をよせて居たまでゞあります。固より盜人ではありません。では何人であつたらう。それは爺さんが思ひもよらぬ地主の娘のお杉さんでありました。彼れが絶體の服從を甘んじてゐる地主の娘でありました。
 朴訥で罪のないそして自分の權利を守る爲に恐ろしい頑強な力を有つて居る爺さんは、蚊帳から飛び出すと共に、非常に劇しい惡罵の聲を曲者に浴せ掛けたのであります。そして盜賊としてお杉さんを手荒く捉へたのであります。更に爺さんの恐怖《おそれ》がどれ程であつたでせう。其地主に向つては殆んど絶對の服從をすら甘んずるばかりに物堅い爺さんの頭は馴致《なら》されて居るのであります。彼は只管お杉さんに詫びるの外はありませんでした。さうして彼は夜の中にお杉さんを其門に送りました。
 彼の正直な狹い
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