一徹の心は昏んでしまひました。彼は夜の明けるのが待遠でたまりません。飛んだ申譯のないことをして呉れたなアといふのが思案に餘る爺さんの口から庄次へ浴びせた強く鋭い小言でありました。
 庄次にはそれが何の事であるのかサツパリ解りませんでした。庄次は常にない爺さんの顏色を見てこれは容易なことではないと合點しました。がしかし彼は何にも言はず默つて居ました。さうして自分の務に赴きました。
 爺さんは轉げ込むやうに地主の戸口を跨ぎました。私もこんな年齡《とし》に成りながら、遂そんな心配もあるまいと、迂濶に油斷をした許に取り返しのつかないあなたの娘さんへ傷をつけまして、懲《こら》せと申されゝば野郎は手でも足でも打ち折りますが、どうか此から娘さんの方もお氣をつけなすつてと彼は呼吸も喘々《せか/\》として冷たい汗を流しました。此だけいふのに幾度堅唾を嚥んだか知れません。彼は庄次がお杉さんを誘惑したとばかり思ひ込んで畢つたのでした。お杉さんは昨夜も庄次が居ると思つて瓜畑へ忍んだのだと一も二もなくさう極めて畢つたのであります。
 爺さんは只一筋にさうおもひ詰めたのだから、その心には庄次の口から一度どんな姿に
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