彼は瓜が盜まれるのを惜むよりも、若し盜人が踏み込んだとしたならそれを捉へなければなるまいといふのが懸念なのでありました。彼のこゝろは盜人を逐ひ出すのさへ厭なのであります。彼はそれ程穩かな生れた儘の眞直な性質の人間であります。
庄次は血を吸ひに集つて來る蚊を避けて古びた蚊帳の中にぽつねんとして居ました。だぶ/\にたるんだ蚊帳の天井は坐つた彼の頭に觸りました。そして又暑くなると蚊帳から半身を出してぼんやりとして居ます。月は番小屋の短い廂から覗いて居ます。瓜畑は凡てが薄霧で掩はれたやうにほんのりと明るく、且つ白く見えました。其中で殊に白く美しいのが白瓜でありました。庄次は恍惚として白瓜を見て居ました。
すると恰も上手な鍼醫《はりい》が銀の鍼を打つやうに耳の底に浸み透る馬追虫の聲が、庄次の這入つてゐる蚊帳に止まつて鳴きました。月の位置が移るに從つて夜は凉しく沈んで、一體に身にしみじみとして來ました。庄次は到頭蚊帳の中へ身を横へました。何の爲に吠えるのか犬の聲が鋭く聞えます。遠くの方、又近くの方の村落で唄の聲が聞えたり止んだりします。若い村の男等はどうかすると夜はうろ/\と其處らを彷徨うて女
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