ました。
 さてさうなると、まづ第一に爺の意志を確めねばならぬから、招《よ》んでその趣を腹藏なく打あけて相談に及びました。けれども爺さんには今地主から言はれたことがどうしても眞實《まこと》として請取ることが出來ませんでした。律義な爺さんにはどうしても身分が違ふからといふ恐怖が先ち[#「先ち」はママ]ました。併しながら、地主の言ふ事がすつかりと解つた時に爺さんは地主の前に熱い涙を溢して泣きました。
 さうして家へ歸るまでは何だか足がふら/\して心はまるで雲の中にでも住んでゐる樣でした。歸つて庄次にこの話をして飛んでもない、此を忘れるやうでは人間ではないからと叱るやうにいつて聞かせて軈てそこでも嬉しいといつて泣きました。
 庄次は突然な出來事を聞かされて無垢な青年に通有《ありがち》な一種の慄ひを禁じ得ませんでした。庄次はこれ迄お杉さんと何の關係も無かつた許でなく、彼の心には平常少しの疚しい心をも抱いて居るのではありませんでした。兩人の仲は芽出度取結ばれました。お杉さんは田舍で生れて田舍で成長した女であります。貧しい家の嫁として勞働するのに心から何の不足も訴へません。
 事件は恁うして互に僞
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