ちふ奴等は一晩に三十兩も四十兩も遣つて騷ぐやうなことするからいつでも貧乏だ
 抔といふ話でダイトクモツコのことは明瞭ではなかつたが、どんなものかといふだけは畧解かつた、暫くすると彼は問はれもせぬのに饒舌り出した、
「お月さまの下のあたりはひどいぜ雲が、どこかしぐれてるんだ、それから今夜はこんなに寒いんだが、ことしの冬は寒くねえな、ゆんべらのぬくかつたことは酷かつたぜ、俺らゆんべワカサギ燒くのでよつぴて寢ねえつちまつたけれど……ことしは西風が少ねえが一西吹いたら寒かんべえよ、こなひだナラエが一遍吹いたので霜が降つたつけ、ナラエが筑波山の方から吹いてくるんだ
 彼はかく語つてどてらに包まつた儘ごろつと横になつた、余もずりこけて居た四布蒲團を肩のあたりへ引きあげた、振り返つて見ると筑波の山は月の光によつてうすらに見える。彼は首を擡げて
「旦那、旦那はどこだね、ぶしつけだが
 と問うた、余は鬼怒川の沿岸であるといふと
「俺ア十二三に水海道に居たことがあつたつけ、鬼怒川では鮭が捕れたな、甘かつたな鬼怒川の鮭は、土浦なんぞへも鬼怒川の鮭だなんて賣りに來るがみんな那珂川だ、鬼怒川のがなんぞ持つて來た
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