下に疊んであつたどてらを引つ掛けて坐つて仕舞つた、舟は波のために搖られて舳がそろ/\廻轉するので今まで月に向つて居た船頭は背中を向けるやうになつて仕舞つた、舟はもはや舳艫の位置を變じた儘姿勢を保つてゆらり/\と搖れて居る、バツと擦つた燐寸の火で船頭の容貌が見られた。五十ばかりの皺の刻み込んだ丈夫相な親爺である、燐寸の火が吹き消されて水の上に捨てられた時は彼の鼻先に突出した煙管の雁首に一點の紅を認めるのみで相對して默して居た、余は先づ口を開いて彼の常職である所の漁業のことに就いて聞いた、土浦の名物なるワカサギやサクラ蝦は皆土浦から出る船の收獲であるか否かと問ふと、彼は吸殼をふつと掌に拔いてその火によつて再び煙草を吸ひ付けながら云つた、
「どうして/\九分通り外だ、土浦のものなんざアみんな舟で買つて來るんだ、ワカサギかワカサギはダイトクモツコで捕るんだ、地曳のモツコと同じやうなモツコだ、足駄を穿かせてな、麥藁をくつゝけて石を下げるんだ、さうしねえと袋が開かねえからな、石ばかりでもたいした目方だ、岸の方へ船を寄せてな、杭を打つてカグラサンで捲くんだ、五人も六人もして捲くんだぜ、二十尋も三十尋
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