ある。夜明に蛇が來たに違ひない。昨日籠へ取らうと思つて居たのに少しの油斷でいまいましいことをしたと悄《しを》れる。親鳥は低い木の枝に止つてまだ騷ぎがやまない。怒を含んだ形であらうか、上へ反らした尾を左右へ動かして居る。鶺鴒《せきれい》までが小さな聲で鳴きまはつて居る。
此日は忙しくないと見えて爺さんは爐の側に居て種々な雜談を仕掛ける。何時か琉璃の方は忘れて山口屋の風呂は世間に二つはあるまいといふ樣なことをいつて笑ふ。自分の宿のかみさんといふのは、大氣違で、犬に床まで敷いてやるといふ位な變な人間であるから風呂までが變つて居るといふ譯ではあるまいが兎に角變つて居るのである。表の障子は崖と相對して崖には洞穴《ほらあな》がある。風呂は其洞穴の中だ。宿の女に案内されて闇い所へ這入つた時は妙な心持であつた。着物を脱げといはれて見ると板の間がある。ぼんやりながら段々に物が見えて來るといふわけで、六疊間位に刳《く》り拔いてあるのが焚火の煤《すす》で餘計に闇くなつて居るのだ。誰でもはじめは妙な心持がするであらう。
お秋さんの造つた曹達は純白雪の如き結晶である。これは食料の醋酸を造る原料である。下手が
前へ
次へ
全19ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング