やると醤油のやうな色になることがある相だ。曹達を造つたら暇に成つたと見えて小屋へ來て腰を掛けた。手拭を外した所を見ると髮はぐるぐる卷で、今日は珊瑚《さんご》のやうな赤い玉の簪《かんざし》を一本※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]して居る。自分は考へた。お秋さんはまだ年が若いのであるに草履拵で毎日々々仕事に日を暮して居るのである。欲しいものがあつたとて此狹い谷底にばかり住んで居る身に何の役に立たう。手拭だけが身だしなみである。白い手拭は平生に於ける唯一の裝飾品である。仕事といふのが隨分骨が折れる。薪を採つてそれを眞木割《まきわり》で裂いて干して置く。石灰に塊があれば臼で搗《つ》いて置く。忙しい暇には炭俵を坂の中途の小屋まで背負ひあげる。醋酸石灰でも曹達でも特別の技倆があるので其製品は名人で賣り出されて居るのであるが、一日の給料といつたら僅に二十錢に過ぎない。それで老父を助けて忠實に勞働して居るのである。お秋さんは鼻筋の慥《たしか》な稀な女である。然し世間の若い女の心に滿足と思はるべきことは一つも備はつてない。かう思ふと何となく同情の念が思はず起るのであ
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