つて登つて來た。お秋さんの側に寢て居た白犬が其子の足もとへ突然噛みつく樣に見えた。男の子は泣き出し相になつて自分等の所へ駈けて來た。お秋さんは赤い顏をして微笑しながら白を叱つた。叱つたといつてもやつとのことでいつたまでだ。白は再びお秋さんの側へ寢た。男の子の手に持つて居るのを取つて見たら楢《なら》の柔かに延び出した小枝のさきに青い團子のやうなものが二つくつついて居るのである。楢の木にはよくあるのである。お秋さんはそれを見て「ふぐり見た樣ですね」といつた。自分は意外であつた。お秋さんは眞面目である。能く聞いて見たらふぐりといつたのは鳶《とんび》のふぐりといふことで螳螂《かまきり》の卵のことだ相である。
四
六日目は谷も畢《をは》りの日である。此日は極めてはやく行つた。自分は既に八瀬尾の谷を辭する積りであつたがお秋さんが自分の爲めに特に醋酸曹達を造つて見せるといふ事であつたから一日延すことにしたのである。お秋さんはもう仕事場に仕度をして居る。爺さんは爐の側であつたが何か冴えない顏である。聞いて見ると小さな變事が起つたのだ。それは琉璃の子が一匹殘りに居なくなつたといふ事なので
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