くのだ。毎日自分と一所にお秋さんの許へ落ち合つた島の人は此日はとうとう來なかつた。島といふのは佐渡のことで、佐渡の國から造林の見習に來て居る男で、佐渡には金北山といふ山がある筈なのにどうしたものかこんな山へ來てこれ程大きな峻《けは》しい山はまだ見たことが無いといつて驚いて居る男である。苗字《めうじ》が「けら」といふのだとかで蟲のやうな面白い人ですねとお秋さんがいつた男である。此男が來なかつたので何故だか心持がよかつた。
お秋さんは自分が樟《くす》の造林へ行かれなかつたことを非常に氣の毒に思つたらしかつた。爺さんも爐の側へ來て居てお秋さんの弟に案内をさせようといふのである。爺さんは小屋へ來れば屹度《きつと》爐の側に坐る。暑くつても坐る。弟といふのは體が圖拔けて大きいのでまだ十五だといつても自分よりは目から上程も大きい。のつそりとして草履の下へ入れた小石をごりごりとこすつてゐて行くとも行かぬともいはぬ。恥かしいのだ。お秋さんが脇へ連れて行つて何かいつたらそれで行くといふことに成つた。草履の丈夫なのをと探して居る。かうして居る所へ汚い着物を着た十三四の男の子が山桑を摘んで網に入れたのを背負
前へ
次へ
全19ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング